スピンオフ フロム サッド・ナイン 『ブルー&ピンク』

なみだくん さよなら
さよなら なみだくん


あたしカナ。ジョシコーセーだよ。
カナってのはアダナ。本当はカナシミっていうの。「悲美」って書きますよ。すごくあたしっぽい、いい名前だと思う。お母さんはがんばった。えらい。妊娠をしたのもえらいと思う。妊娠はだって大変です。痛いし重い。すごい。お母さんはあたしの誇りですごい。
その時あたしは、居間でシュークリーム食べてて、「お母さんー紅茶飲みたーい」。そしたらお母さんが紅茶淹れてくれて、なんでかすごくジンときた。「あー幸せだなー」ってのを思った。だから、殺した。包丁で。グサグサッ。「やめてーっ」とか暴れるから、やめようかと思ったけど、あたしがんばったよ。
そんですごく悲しくて、泣いた。エーンウワーって泣いた。収集機のボトル、3個も満タンになったよ。最高記録。前カレをふった時でも、ビンの半分も溜まらなかったのに。お母さんがめちゃ血を出したから、それが混じっちゃって、ブルーとピンク。きれい。あたしの悲しみの色。でも収集の人が「純度イマイチですねー」だって。ムカつく。首とか胸を切らないようにしないとダメみたい。生物ちゃんと勉強しとけばよかった。
それから、うちを掃除した。審悲官の人も手伝ってくれたの。そしたらお父さんが帰ってきて、あたしの顔と審悲官の人を見て、「あー」って顔をして、よくわかんない顔をして、「悲しんでいいのか喜んでいいのか」って顔だった。たぶん。あたしも「やったよ」か「お母さん死んで悲しい」かどっちか分かんなくて、でもお父さんが泣いたのであたしも泣いた。審悲官の人が慌てて収集機を持ってきた。


お父さんが法的手続きをしてる間、「命と悲しみの大切さ」ってビデオを見た。ちゃんと悲しむために、ドラえもんを未来へ返したのびた君、えらい。のび太を殺さなかったジャイアンもえらい。そのほうがみんな悲しい。
それでその日からお父さんは毎日泣いてた。お酒も飲んで、あたしを殴った。あたしも「やめてー」って泣いた。けどあたしはちょっと誇らしかった。これであたしも自分の悲しみを自分で手に入れられるんだ。大人になった気がして、嬉しいよ。




それがいけなかったんだと思う。
お父さんは、あたしをレイプした。
首を絞めたり、タバコの火をあたしの体中に押しつけたり、あたしにイレながらあたしの髪の毛をバリカンで丸坊主にしながら、レイプした。あたしはすごく嫌だった。悲しめたら大人になれると思ったけど、こんなに悲しいのは嫌だった。痛いし。あたしは毎晩泣き叫んで、お父さんはその涙をちゃんと収集機で集めた。
こんなこと誰にも相談できなかった。だって、悲しくなることはいい事だし、お父さんはあたしの涙を集めてるから立派な大人で通ってて、あたしの気持ちは、「悲しむのが嫌だ」って気持ちは、誰にも分かってもらえないことなんだ。


あたしはウリを始める。
見知らぬ男の人に抱かれて、そのときの涙を売る。そういう仕事。
抱かれることに慣れるとだんだん悲しい気持ちを感じなくなって、涙が流れなくなって、お父さんは今度は自分が泣きながら、もっと強くあたしを求める。でもあたしはもう、お父さんの前では泣かない。河原で一人で泣いたりする。セーシュンぽく。
気がついたら、あたしは妊娠している。


産婦人科で検査を受けた帰り道、いつもの河原で夜空を見上げる。捨てられたジンコーエーセーがチカチカ光っていて、いろんなことを思い出して、胸が締め付けられたみたいに泣けてくる。
妊娠のことはまだ、お父さんには言っていない。
そしたら流れっぱなしだった涙が、いきなり吸涙ハンカチでぬぐわれた。運命みたいだと思った。
それが、ナミダとの出会い。


ナミダはホストだった。女の人を悲しませるのが仕事だったけど、あたしには優しい。
ナミダは言う。「自分の悲しみを自分で決められないなんて、生きてないのと一緒だよ」
あたしはナミダと付き合い始める。ウリはやめる。ウリ仲間でナミダの元カノのウツコに襲われたけど、ウザかったので殺した。


あたしはナミダとカケオチを企む。「自分達の悲しみを掴もう、カナ」
あたしは考える。妊娠4ヶ月の、堕胎期限ギリギリの、全然膨らまないお腹を抱えて、考える考える考える。
あたしは、ちょっと決断した。




「ただいま」
赤ん坊とお父さんが迎えてくれる。悲鳴と泣き声で。
お父さんはもうすっかり気が狂っていて、毎日お母さんの写真を抱えて泣いている。だからうちの家計は安心だ。今日もご苦労様、お父さん。
赤ん坊(苦太という名前なの)の頬の腫れと耳から出る膿は、ますますひどくなっていて、あたしは「ごめんね」と思いながら、煮えたぎったミルクを無理やり飲ませる。今日も元気だね、苦太。


カケオチはしなかった。
あたしは考えた。あたしがなんで悲しいのかを考えて、あたしが悲しいのがなんで嫌なのかを考えた。考えて考えて考えた。そんなのよくわかんない。でもきっと、人から与えられる悲しみはあたしのものじゃないんじゃないかな?よくわかんないけど。あたしはあたしの悲しみをちゃんとコントロールできなきゃダメじゃないかな?
じゃあいらないや。未来とか。
何があたしの悲しみ?何をして泣き出す?わからないまま終わる。そんなのは嫌だ。でも、何が待っているのかわかんない未来は、もっと嫌だ。あたしは諦める。これ以上、新しいものを諦める。
それがきっと、お母さんになるってことだよね。


妊娠8ヶ月まで待って、抱かれながら苦太のコトを報告すると、お父さんは自殺しようとした。あたしはちょっと迷ったけど、お父さんに死ぬことを許さなかった。手錠ってすごい便利。お父さんの悲しみは、ときどき枯れそうになるけど、そんな時も手錠が大活躍。ちょっとお母さんに似てる女を拉致して抱かせてお父さんの胸の中で殺すと、お父さんはたくさん泣く。「なんでなんでなななんでこんなことに」ちょっとだけ、笑っていいのか泣いていいのかって顔をしてから、他の全てを放り出してイッショウケンメー泣く。
苦太が生まれてからは、慣れない子育てでチョー大変だった。けどあたしはちゃんと学習して、直接の痛みより、熱さや痒さみたいな長く続く苦痛が赤ちゃんにはぴったりだって理解する。


とにかくあたしは2人の世話に毎日大変で、とても悲しくて、とてもハッピー。毎日ハッピー。
今日も「泣き声がうるさい」という隣りのババアを殺した。怒ってばかりのババアを殺しても、長いつきあいの審悲官の人は苦笑いするだけ。うまく泣けないヤツを殺しても文句は言わせない。




あたしは時々、ナミダと出会った川のほとりで、夜空をボーって見上げて泣く。月が泣き腫らした下瞼みたいに浮かんでいる。ちょっと前にバクダンで壊れちゃった月。そして、点滅するサッド・ナイン。あたしはあたしの悲しみを悲しんで泣く。
あたしはどんどん家族を守って、あたし以外の人を悲しませて、あたしの悲しみをちゃんとしていく。あたしの幸せをちゃんとしていく。一瞬だって後悔しないで、今を生きていく。ブルー&ピンクで生きていく。ブルーは涙の色。ピンクは血の色。涙と血が混じっちゃったら、あたし以外に価値がなくて、だからこれはあたしだけの悲しみ。誰にも譲れない悲しみ。ブルー&ピンクでいる限り、あたしはずっとあたしのまま。お母さんを殺せたときのあたしのまま。ステキな思い出がずっと続いていくんだもんね。


ピース\(≧▽≦)v