降臨賞非応募作品 『キャッチャー・イン・ザ・ワイ』

僕の住む町じゃ空が落ちてくる。


この町は田舎らしい田舎で、つまり何もない町だ。大したものとか見るべきものとか、そういったものは。
ただ一つ特徴と言えるようなものを挙げるとしたら、Y町という名前――イニシャルではなく正式名称で、僕たちの保険証にアルファベットを記入するために、断固ウガイ?とかいうおっさんが会社を立てたとかなんとか――その由来となった、年季の入った櫓が駅前広場にある。根元を地面に突き立て、空に向けて大きく開いた先端を二つ結んで、日本古来の製法で作られたゴムっぽいものが垂れ下がっている。
想像しやすいよう似たものを挙げれば、スリングショット。あれをアホみたいにでかくして、塗りたくられた漆でぬらぬらしているもの。そう思ってもらえばいい。
年に一度の夏祭りで、僕たちは町一丸となって、女の子を空にぶっとばす。
落ちてくる空を、蹴っ飛ばして弾き返すために。


隣の娘さんである八智子さんが、今年の弾き天女に選ばれたと聞き、速やかにお隣に向かった僕は天女様になる心境をインタビュー、「地球は青かったですかー?」「空があたしより高いんだから青くないよー」「と、ということは、アポロは月に行っていなかった……!俺たちは、騙されていた……!」「なんでそういうロマンないこと言うかなー!もー」などと馬鹿話をした後、家帰って飯食って風呂入って部屋で泣いた。
なにしろ、弾き天女になった女の子は、基本戻ってこない。ラグランジュポイントにある雲の王国で暮らしているだとか、ニューギニアの奥地に着地してアマゾネスに加わるだとか、北朝鮮の領空侵犯をして打ち落とされるだとか、うさんくさい後日談はいろいろあるものの、ともかくもうYに戻ってくることは、ない。伝統行事の前では、一人の女の子の人生のこととか、その女の子の家族とか家族になれたらいいなーと思っている中学生男子のことは気にしてもらえないのだった。恐るべし伝統パワー。うえーん。
夏のくそ暑い中、わざわざ羽毛布団を引っ張り出してくるまって泣いていると、隣の家から「ねえねえ起きてるー」。八智子さんじゃないですか。「起きてるー」「なんでそんな鼻声なんー?」「いまちょっとほら、鼻うがいの真っ最中で、すげー鼻うがいスースーすんなー」「ねー、ちょー窓あけてー」「待って。鼻汁で大変なことになってるから待って」木を隠すなら森の中理論に従って、顔中をこすって真っ赤にして赤い目を誤魔化した僕は部屋の窓をあける。八智子さんも窓をあけている。「手ー伸ばしてー」「何よー」「いいからー」中学生二人がぎりぎり手を伸ばせば触れるくらいに、僕たちの家はお隣さんだ。
「これ持っといてー」「何これ?糸?」「絶対なくさんといてなー」「…うん。…あー今年は一緒に祭り行けんなー」「なー」「そん代わり八智子が飛ぶとこ、見ててな」「見る見る、ぜったい!」「うん!」「……」「……」「あー、そしたらおやすみ」「おやすみー」「風邪ひかないようにあったかくしなー」「するー」


祭りの日がきて、青年団の男衆の振り絞った全筋肉により、限界までひっぱられたゴムっぽいものから、八智子は空にぶっとばされる。
僕はそれを真下から見上げる。弾き天女のユニフォームはきっちり帯を締められている。パンツは見えない。「完全に、計算外だ…ちくしょう!」


あの晩、八智子にもらった糸は、耳のピアスにくくりつけてある。風が強い日なんか引っ張られて痛い痛い千切れちゃう。そんな時は、糸を専用の受話器(100円ショップで25個入りで売っている)につなぎかえる。
「もしもーし」「もしもーし」「空どう?」「あのね、高い!」「高いかー」「すごい!」「うん、すごいかー」「こないだ飛行機の人とすれちがったー」「マジで!」「親指で、こう、グッて。かっこよかったーロマンだよねー」「ふへー」
こんな会話を大体半日かけてする。音が糸を伝わるタイムラグが、ぼくらの距離がどんどん離れていくことを教える。


地元の高校に入った僕は部活に自転車部を選ぶ。自転車はどこでも行けるし、どこまでも行ける、すごい乗り物なのだ。でもひょっとしたら自動車や飛行機の免許も必要になるかもしれない。天文学とか地理も勉強しなくちゃ。そんななので、僕は結構忙しい。八智子に話しかけてから返事がくるまでのタイムラグは、どんどん長くなってきている。もう一日の会話は二言三言くらいになってきてる。それでも途切れたりすることはなくなった。糸が張り詰めてきているのだ。もうあんまり時間は残ってないかもしれない。でもがんばる。がんばるよ。八智子が空を蹴り飛ばして、慣性力を失って、どこかに落ちてきたときに、いつでも迎えにいけるように。いつかそのときまで、この町で、Y町にいて、僕は力を蓄えておく。だって迎えがいなきゃ寂しいだろうし、もし八智子が長い長い距離を落っこちる孤独と恐怖で泣いていたなら、ちゃんと受け止めてあげれたら、それは結構ロマンあるかなー、なんて思っているのだ。


動機元


【降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナルの創作小説・漫画… - 人力検索はてな


キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

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「「空から女の子が降ってくる話」を書くつもりが、いつまで経っても女の子が落ちてこないので非応募となってしまいました。自分で自分が残念です」