2006-05-11
あたしは刺激される。あたしの記憶が香りと震えをともなって、気づけば目を覚ましている。
この遺書で、ラブレターで、小説によって。
でもねおじいちゃんよぅ。これはないわ。
女の子が「にゃー」て。
ペリカンに話しかけるて。
姉妹3人きりで仲良く暮らしていますて。
やめて。孫にライトノベルを捧がないで。死にかけで何してんの。
けれど、これは間違いなく、私と家族の小説だ。
夜の部屋。音も無く。埋まらない空間に誰かがいる。あたしの記憶。鴉兄さんの顔をしていた。少し、苦く笑う。笑ってしまった唇を噛む。
記憶の鴉兄さんは喪服を着ている。おじいちゃんの葬式での兄さん。
けれど、しゃべり始めた鴉兄さんは、あの頃の頼りない顔をしている。
「なんかごめんな、鷺ちゃん」
まず謝るのは鴉兄さんだ。葬式でも謝られたし。
バカ。謝んなバカ。
「バカ言われても。困るなぁ」
困るなよ!首を傾げんなよ!どんだけカワイイんだよ!にやけてきちゃうだろが!
「えー。マジでー。照れるわー」
むかつくなぁ。いっぺん殴っとくべきだった。
兄さんさー普通はそんなんでごまかされやんかんねー。
「ごまかしてないて。そんなんちゃうて」
ごまかしてる絶対それで世の中渡ってけるつもりやろ。
「いやいやいや分かってるて。それはそれ、これはこれやから」
どれがどれだよ。自分で言うてること理解してないやろ。
「んなことないって。あれやろ。人生には3つのクソ袋が…みたいな」
うわ。こいつムカつくなぁ。
じゃ言ってみろよ!その3つのクソ言ってみろよ!
「クソ野郎、クソ度胸、……あとなんだっけ?」
知らんわ。らちがあかない。鴉兄さんと話すといつもこうなのだ。だからこれはいつの思い出なのか分からない。分からないから、あたしはにやける。想像だからドキドキしたりにやけたりできて、そんなあたしにうんざりする。心底。
そんなんで社会でやってけるんですかー?
「むしろあれやん。公務員は曖昧に対応してたほうがいいことも多いんやって」
ああ。だからこれは葬式の時の記憶だ。
就職して公務員になった兄さんと3年ぶりに会ったのが、おじいちゃんの葬式の日だった。
「もう絵ぇ描くの諦めたん?」
「諦めたんとちゃうけど。なんていうんかなぁ。困るわ」
「だって公務員なって、働いて、もう絵は描いてないってのはそういうことやんか!!」
「そんな怒らんでも」
「怒ってないわ!!」
「なんかごめんな、鷺ちゃん」
兄さんは、髪を短く切って、もう頼りない顔はしていない。
謝る声だけは変わらないまま。
枯れかけた松とトーテムポールの立つ庭で。
陽が暮れるまで、いたずら描きをした庭で。
「コレ、先生の気持ちやと思うで。受け取ったって」
なんだこのシチュエーション。友達のラブレターを変わりに渡す中学生か。
夜の部屋。音も無く。私の思いも記憶も行き場をなくして、滑り落ちて拾い上げることさえできない。