敗土灰覇(はいどはいはぁ)

戦場のサンタクロース。なんて例え全然うまくねえ。返り血ドロドロだけども。真っ赤だけども。
背の高い戦闘クレイズ。の方がまし。情報に価値がある。敵はリーチがあって、向かってくる奴を殺したくてしかたない。
オッケー。あとは大腿・下脛あわせて26個の人工関節を折り曲げ、スプリングにして飛んでくる化け物からどう逃げるかだ。


視界の右。林の間に白。うちの軍の旗の色。迎えの部隊か。ルートを右へ。藪を抜けると、
そこには68個の人の破片。首は8つ。それとタイヤ。


「おっと〜、もう一匹いやがったかぁ」


山岳防衛戦闘兵転式……通称タイヤが、喋った。会話のできるタイヤとは珍しい。骨の柔らかい乳児期から20年間、筒に入ったまま過剰な栄養を与え、幅の広い円柱状の肉体を鋭いスパイクのついた装甲で覆う。そんな育ち方をした人間――この言い方は間違っている気もするが、そいつらは作戦行動に必要な思考能力しか残っていないと思っていたが。


タイヤは器用に体を曲げて、筒のように起き上がった。


「あん?その帽子、兄ちゃん文官かぁ?」


ザッツライト。


「見たトコ護衛は全滅。で、1人で逃げてきた、と」


イグザクトリィ。正解だ。ちゃんと頭も回っているとみえる。体も回るが。


「顔が青ざめてるぜ兄ちゃん。コレから楽しい鬼ごっこの時間……」
「ソレ、俺ノダ」


声と共に、バネ男が空から降ってきた。足のように折れ曲がってはいない両腕で着地する。まったく噂以上の化け物だ。新式の戦闘兵がこれほどとは。


「逃げられそうになってる奴が言うことじゃねえなぁ。俺様がいなきゃやばかったんじゃねえの」
「コイツ抵抗シナイ。ツマランカラ、兵士ノイルトコマデ追イ掛ケテ、殺ス」


バネ男も思考が飛躍してはいない。跳躍はするけれど。
参った。坂の上にはタイヤ。下にはバネ男。どちらも距離は4mほど。どっちもそれほど小回りのきくタイプではないが、目標の私を識別し、追跡する頭脳がある。片方ならば、あるいはただ人間に反応し殺す雑兵ならば逃げ切れたのだが。


「はん。てめぇはそんなだから、出世できねぇ。文官を殺せば一手柄だろうに」
「議論スル気ハナイ。価値観ノ違イダ」


考えろ。ここを切り抜け、生き残るんだ。莫大な人口差と戦闘兵の脅威に敗れること間違いなしだったこの戦争に、ようやく解決策を見出せたのだ。我々文官の知が、敵を破滅させる
計を見出し、残存兵力の2割が犠牲となった陽動でようやくつかんだ報告。私のデータがなければ、最終解を確定できない。生き残り、本国へ帰らねば。


「つれねえなぁ。んじゃあよお、俺と勝負といこうぜ。どっちがそこのモヤシをぶち殺せるか」
「ハッ。オモシロイ。イイダロウ」


2人が動いた。バネ男が跳ぶ。タイヤ男が転がる。
策はある。右後方1.6m後ろのアレ。考えろ。生き残るには、ただ一点。一瞬。それでは駄目だ。
座標。
初速。
荷重。
軌跡。
すべてを誘導するんだ。


(中略)


なんとか生き残った。てこの原理のおかげだ。図解
タイヤ男の体は縦に起き上がり、その円筒の上円めがけて、バネ男の体が突き刺さった。
タイヤ男は貫通死。バネ男は死骸に埋まって窒息死。





さあ国に帰ろう。
私は運良く生き残れたが、化け物兵士相手に勝てるべくもない。私の試算では、あと2年4ヶ月で我が国は敗れるだろう。
しかし、その頃には敵国はもはや国としての体をなさない。生まれた子供すべてを兵器とすることで、乱世を制さん強国にはなったが、戦争が長すぎた。戦闘兵は生活能力を持たないのだ。遠からず、奴らは死に絶える。私の試算では、2年4ヶ月と17日後にそうなる。


国敗れても、土に撒かれた灰が、覇道を枯らす。
武だけでは足りぬのだ。これからは政の時代になる。
私の残る生涯でそれを伝えよう。論を語る。そんな本を残してもいいかもしれない。


しかし……増えすぎた人間というのは厄介なものだ。
戦を生み、狂気を――あの戦闘兵たちのような化け物を――生む。
子供欲しくないっていったら、モテないかなぁ。
そうだ。子供を産み過ぎないようにする道具があるといいな。
やることはやって、子供できないの。
「今はちょっと産むのやめよう。今度産む」
そう「こんどうむ」って名前で。
すげぇ。発想が沸く沸く。あのタイヤ男とバネ男の死に様を見て思いついた。
精子って、しっぽにバネみたいなのがついてて進むらしいじゃん。それを筒状のもので覆う。
つまり、チンコを筒で包んでしまえばよい。
やべーなー。俺天才だなー。
お。いっけね。考え事してないで、まず国に帰らないと。


その後の男の話は、残されていない。