ジェネ☆ギャプ

老人の言葉は聞き取りづらい。


「わしも引退して、コレと散歩だけが楽しみでな」


そう言ってタバコに火をつけた。
僕もタバコをくわえた。左手をそえて、100円ライターで火を差し出される。深く吸い込む。にやり、と彼が笑ったような気がして、あいまいに笑い返した。
撒き散らすように煙を吐き出す僕とは違って、彼は上品にタバコを吸った。薄く吸い、薄く吐く。煙はよどみなく溶ける。


「塾の先生。つっても、教えんのは酒か麻雀だったけどなぁ」


身体のあらゆるところにひっかかった末に、奇妙に鳴る声。
痛んだ肺。
ねじれた気管。
すれた声帯。
しぼんだ喉。
枯れた口蓋。
くすんだ唇。
それらを通り抜けて、ダブがハウリングしてるみたいに響く声。声。


「俺んとこにいた若えのが、また、変なやつでね」


うながす意味で軽くうなずく。
この声に、適切な態度で、敬意と礼儀を欠かない振る舞いで聞くことができているのか、僕は迷う。
注意深く聞くことはやめずに、その聞き方、聞いていることを伝えることも怠ってはいけない。
そんな僕の緊張とは遠く、彼の話はばらばらに無造作なようでいて、組み立てられていく。


「そいつが来た日に、急に休みのやつがいたんだよ。だから、おいお前ちょっとやってみるかっつって。文学史の。できんのか?って聞いたら、はいできますってよ。理系なんだよ。今東大の教授やってんの。わかんねえもんだな。うちで働いてたときは、女とみたら誰でも口説く。どこの国の女でも。そういうクソ度胸がなきゃならんのだろうけどな。東大のセンセイなんかやるにゃ。なぁ」


そのリズム。その呼吸。その論理。
でも、でも、でも、でも、でもでもでもでもでも。
省略された逆説。
世界は逆説抜きでできている。


「そいつが堂々と言うわけ。徒然草を書いた人は誰だか分かりますか!?いきなりすごい大声でよ。誰も反応できねぇ。そしたらこう言うんだ。分かっていても即答できなければ意味がない。答えは清少納言です。あんまり面白いんで採用したよ」


そうしてタバコを吸ったので、僕はようやく聞いた話を整理することができる。
え?どういうこと?
ニヤニヤ笑いながら、老人は眉毛をちょいと持ち上げた。