imagination breakdown

人間の自由を奪うというのは簡単だ。例えば腕と足を、体の後ろ側でひもで結んでみればいい。
人間は球体でもないし、対称性も、鼻から股間へと抜けるラインでの線対称しかない。関節は曲がる方向が決まってる。まったく数学的な問題として、人間は自由ではない。


物理的にも考えてみよう。
人間の比重は水より重い。当然水に沈む。それに抵抗するだけの、反発力を足で蹴って、手でかいで、生み出すのは、縛られていては無理だ。


最後に化学、生化学的な話。
生体の活動には、一定濃度の酸素が必要だ。酸素はどこにでもある。化合反応して、あらゆる物体にまぎれこんでいる。物体の状態が液体なら、溶け込んでいるといってもいい。
しかし、肺ってやつは、気体に含まれる気体状態の酸素しか取り込むことができない。こいつはまったく大きな制限だ。


整理しよう。
人間は自由ではない。
俺は溺れ死に掛けている。




”罪”を犯した”罰”として、”都市”を囲んでいる”湖”に、手足を縛られて突き落とされて、ゆっくりと沈んでいる。
今はまだ息を止めて、水が入らないようにしているが、もう息が苦しい。
あぁ、無駄なあがきだ。


夜の”湖”は闇で濁っているが、”都市”からの光が差し込んで、水面を通して、”都市”の乗っかっている”島”の断崖が見える。
その景色が見えているから、息を止めていよう。


しかし、美しさというのはつれないもので、また苦しみというのはうっとうしい。
いい加減息が苦しい。
水は冷たく、視界の隅に服やペンダントがひらひらと舞って、苦しくて、呼吸がしたくて、初めて見る”都市”の外側はもうずいぶん遠く、そろそろ諦めて死んでしまおうか。
美しさはつれないし、苦しみはうっとうしいし。


どこまで沈んだのか、上に向いていた体をひねって、水底を見る。水面に比べるとすぐ底だ。
あそこまで着いたら、息を吐き出して…


って、ダメだって!死んじゃうって!苦……し…息吸いてえ!
ちょ!怖い!動け!体!空気!紐じゃま!空気!!ああああああ!死ね!死にたくねえ!やだ!苦!くそ!!ああ!



水をかき乱しても、ちっとも体は浮かんでいかない。
肺に押しとどめていた空気が、とどめきれずに頬が膨らむ。口を閉じている力ももうない。
口が…
開く…
息が……


けれど、水底から"彼女”がやってくる。足かせのついた足で、しかし穏やかに水を掻き切って。
大理石の手が俺の頬に触れ、"彼女”は俺に口づけをする。
唇から空気が吹き込まれる。体に力が戻ってくる。
そして、不自由な俺と不自由な"彼女"は、支えあって水面を目指す。


そんな終わりを想像して、笑った口から、空気の泡が弾けて漏れた。