不幸のことは知っている。

つらい思い、苦しい思い。
そんな思いをする予感。虫の知らせっつーの?例えば、サンダルの鼻緒が切れた日。例えば、鳥にふんを落とされた日。例えば、目の前を黒猫が横切った日。
そういうのってあっただろ?


死んだ猫を見た日だった。
グズグズの役立たずのダボであることを、また自覚するはめになった。
頭ん中で、言葉があふれかえった。
ごまかそうとして、嘘をついた。
嘘もつき間違えて、本当でもない、ワケがワカラナイことを口から漏れた。
誰も、返事をしなかった。
誰にも届くわけがなかった。
誰かに励まされたが、的外れだった。
帰り道は暗かった。静かで、音がなかった。
ジャンクフードを買った。買い過ぎた。捨てた。吐き気がした。吐けなかった。
金がなかった。
欲しいものもなかった。
することもなかった。眠れなかった。
何かを話したかったが、誰にも会いたくなかった。ちゃんと言葉にできたら、苦労はなかった。
夜はまだ明けなかった。


これだけ書けば、もういいだろう?
ありふれた、不幸。
その連鎖。


きっと、この不幸は続くだろう。永遠に?
ただ、続く限り続く。終わらない限り続く。そして、終わりはない。


ないはずだったのに、気がつけば、思っている。
「あー、しんどかったなぁ。」
もう、不幸のことを知っている。不幸だったこと。過去のこと。
心臓ってのは、思っていたより、弾力があった。


そんなうんざりな過去のことばかり、それしかない俺の話だけど、もう少し付き合ってくれよ。


暑かった。夏が近かったのか。とにかく暑かった。
暑いことを暑いと感じている。それは不幸ではなかった。
暑いことが、不幸につながったり、不幸そのものだったり、不幸の結果だったりすること。


いいか。それが不幸だ。


全てが、ありとあらゆる、何もかも、全部全部が襲い掛かってきた。
それが不幸なんだ。
あっただろう?そんな瞬間。そんな1日。そんな毎日が、お前にも。
俺は知った。それが不幸だ。


聞いてくれ。もう少しだけ聞いてくれ。
お前も知ってくれ。


襲い掛かってくることから、逃げるな。
関係ないことだとごまかすな。
認識しろ。
それが、不幸だ。
不幸だと。


なあ、そうすれば、それが不幸だと知ってくれれば、それはもう過去なんだ。
過去だ。それだけだ。
過去になってしまえば、もう置き去りにして、聞いてくれ、何一つ変わらないけれど、追いつけない。ここまでは来ない。不幸だと知れば、もう不幸じゃないんだ。


聞いているか?なあ、信じてくれ。不幸のことは、知っているんだ。よく知っているんだ。それしかない。不幸しかない。そうなんだって。だけど、知っているから。もうとっくに。知っているんだ。だから自信があるんだよ。俺にはわかるんだよ。何もかもが何もかもが不幸だった。だから。だけど。俺はもう。不幸だったことは知っている。知っているから不幸じゃないんだ。聞いてくれ。そうだろう。信じてくれ。そうなんだ。お前も、知ってくれ。不幸を不幸と知ってそれで不幸じゃなくなる。それだけ。それだけだ。振り返ってくれ。思い出してくれ。認めてくれ。不幸だっただろう?不幸だったことは知っているだろ?でも、それを知ったら、不幸じゃないだろ?知っていれば不幸じゃないだろう?もう不幸じゃないだろう?不幸だったけど。不幸じゃないだろ。なあ。そうだろ。返事してくれよ。俺は不幸じゃないだろう?不幸じゃなかっただろう?


もう一度言うよ。


不幸だったか?


もう黙るよ。
もし、そう思うなら、一言返事してくれ。


不幸のことは知っている。って。