long,day walk
悲しいような、悔しいようなことがあったので、歩いていく。
そんな言い訳にはなんの意味もないけれど。
つらつらと歩きながら思うのはそんなことで、パンをかじりながら、紙パックのお茶を飲みながら、歩くのをやめない、ってのにはそれくらいの理由が必要じゃないかな。
くるっといきおいをつけて振り向けば、お茶がこぼれた。
ここまでは、結構まっすぐに歩いてきた。からっと晴れて、他の人たちの、歩く速度を見た。
長い、昼間の道。
確かめて、パンを食べ終えた。
お尻のポケットからメモ帳とペンを取り出す。
そして、見える世界をスケッチする。言葉によって。言葉を用いて。
まだ咲こうとしない紫陽花。
後ろから見ても張り出したえら。この人の顔が気になる。
家には名も知らない花を植えていた。
洗濯物のにおいと湿り気と。
誰も乗せていない乳母車、思い出は。
タイル張りの、防腐セメントの、耐震貼壁の、建築様式の歴史。
風ではないものになびく髪。暑さのためではない汗。の若い2人。
住宅から街を探し出すんだ。
なんて風に。
ふと襲ってくるデジャブ。なぜか、文字を書いているときによくある。
俺はこれをすでに書いていたはずだ。
いつか、同じことを思っていたはずだ。
書きかけの言葉を見てみる。
静かなテニスコートで、
もうこの続きに何を書こうとしていたのか、思い出せない。
前から歩いてくる勤め人風の男に尋ねる。
「すいません。然禅寺観音はどっちですかね?」
「あっちで、あっちで、あっち」
実際は、一言たずねただけなのに、多くの言葉を尽くして案内してくれた。
ありがとうございます、と頭を下げ、上げると男はもういない。
足を速めて、バス停の法へ向かっている。
親切は、丁寧に道を教えてくれたことにこもるのか。
それとも、急ぎ足に去っていくことで消えるのか。
ディティールが、行動の乖離が、乖離させている俺の解釈が、遠ざけている。
さっきより少し高く昇った日。庭先にかすかにゆらめく陽炎。
俺が見るのは、比喩なのか?描写なのか?
寺の境内は、膨大なディテールに溢れている。
木々が影を落として、寺の周りの風景を閉ざす。
ここが街だなんて、もう誰にも分からない。
抽象的に過ぎる。その文を断つように線を引いて、もう一本引いて、何度も何度も引いて塗りつぶした。
多くをはらんで、石塔は重く土に刺さっている。
と、メモして境内を通り抜ける。
何のために歩いていたのか分からなくなりたいと願うけれど、そうも行かない。
目的地まで、あと少し。
門の前には、学校のグラウンド。
グラウンドの白がまぶしくてしかたなくて、それは空が青いからで、この瞬間、光のない寺地と光差すグラウンドの間にいて、どこでもないこの場所で、もう一度デジャブ。
記憶と現実が重なったような時間は通り過ぎて、もう帰ってこない。
ヘッドフォン。耳元で少し崩れた、黒いロングヘアー。落とした自転車の鍵。探しながら、「ムーンウォーク」を口ずさんでいる。
こんなディテールに意味はない。どれもこれも過去のものでしかない。
ここがどこなのか、思い出してしまって、曲がり角に目を向ける。
後2回、右に曲がればついてしまう。
それでも名残惜しくて、ハミングしてみる。「ムーンウォーク」。
震える声は、やっぱりデジャブにはならなくて、仕方なく歌いながら歩き出す。
交差点には、チェリオの自販機があった。
メモ帳とペンを取り出して、ふらふらとそっちに向かう。
ディテールを書き留めるために。