Lost Medicine Super Tecnique

飯を食うと心臓がどきどきする。
チューブを胃に突っ込まれて、栄養とかを流し込まれて、それでも飯は飯。たぶん。
どきどきするのは、消化して、吸収して、なんとかかんとか生きようとしているからだろう。
それはそうなんだけど、そうじゃないことを思う。
生きなくてはいけないことへの抵抗、なんじゃないかって。
俺の心臓は、もうとっくに疲れはてている。


風呂に入ってもどきどきする。
看護士の拓也と実が俺の体を両側から抱え上げて、移動式の浴槽に入れてくれる。
そして俺の体をこする。体にこびりついたカビや垢と同じくらいしか生きていない俺は、洗剤に耐えられないので、やつらは垢すりで力を込めて、それでも苦しみのないように、優しさをこめたり、いたわりを尽くしたりして、磨き上げる。


いいやつらだ。愛がある。使命感、そればっかりにとらわれない現実的な柔軟性。犠牲ではない、正しい福祉ってか。はは。俺そんなんに組み込まれたくないわ。嫌いだよ福祉。何してんの若者がさ。間違ってるだろ。若者ってのは間違わなきゃ間違ってるだろ。なんでお前らそんな正しいの?正しいのに俺を巻き込むなよ。恥ずかしい。すげえ恥ずかしい。ほっといてくれよ。


しかし、俺の体はもう悲鳴をあげることもできない。
恥ずかしいのとくやしいのとひょっとしたらちょっと感謝で、心臓だけが動く動く。


でも俺は、そんな気持ち全部放り投げて、ただ死にたいと思う。




なあ。もう終わりにしよう。治ったりしないんだから。
ニュースで言ってた。俺に生えてきた植物は知的生命体かもしんなくて、コミュニケーションできるかもしんないから、殺せないって。
でもそれは建前で、ほんとは寄生された人間を殺さないで取り除く技術がねーんだろ。
って、ネットとかでバカにされてたっけ。
そりゃそうだ。普通だったら、なんでも薬で治るんだから。治るはずだったんだから。
薬なんて幻覚剤で、みんな死に掛けながら1人夢を見てる、なんつってたやつもいたなぁ。
そうだったらよかったな。あん時は笑いものだったけど。


あーでも、よく覚えてないや。
こいつらが生えてなかった頃は、そんなん関係ねーだろ、ってそんな風にすら思わなかったから。


なんだっていいけど。
俺をもう全部終わりにして、こいつらには、正しくなく、でもちゃんと幸せに生きて欲しい。




拓也。学校の先生にになりたかったんだろ。まじめで、いっつも笑ってて、いろいろ大変だったけど、でもお前負けなかったじゃん。だから幸せになれよ。幸せにならなきゃ。


実。お前なんかいっつも女の子にもてててさ。うらやましかったぜ。わがままで、好きなことしかしなくてさ。よく拓也と喧嘩してたよな。で、そのたびに泣いてさ。それでいいじゃん。そういうのが、生きてるってゆうんだぜ。よく知らないけど。あんまもう思い出せないけど。


握られて優しく触れられてる感触と、ちょっとぬるいお湯の温度と、あとやたらに強い鼓動。それが強くなったり弱くなったりするリズムにぼんやりと揺られて、おとぎ話の魔女のことを考える。


つらいし、嫌だけど、王子様がキスで迎えに来るハッピーエンドを作り出すために、お姫様を眠らせた魔女。
俺をもう眠らせてくれ。目覚めさせないでくれ。
王子様が迎えに来るまで、コンディションを整えるのは、なかなか大変なんだぜ。
成長するし、風呂入らなきゃ臭いし、ひげとか生えるし、初潮は来るし(俺の場合、これに置き換えられるのは夢精か。死にかけでも出るものは出る)。


それに王子様はお姫様を迎えに来る気なんか、とっくのとうに失ってんじゃないか?
どうしようもないことより、やらなきゃならないことは目の前にたくさんある。
どうしようもないことは、目の前にいるやつらに降り注いでしまう。


王子様っつか、ブラックジャックか。
ま、なんでもいいや。そんなものは期待しません。
希望なんてすべてぶち砕いてください。




ぼんやりと、俺が生きていれば高校生かな、とか考える。やっぱ拓也と同じ学校行ってたかな。実ももう小学生だ。拓也のパパは。俺の家族。あとあいつ。えーと。



そんな夢うつつも、壊れてしまえ全て。
どんな形か。どんな音か。まだ見ぬ死のことを想像しながら、ラプンツェルは人工呼吸器にため息をつく。