エクスキューズオーガナイザー,カムヒア!カムヒア!もしくはスマイル

わけ分かんねえ。
俺こんなうらぶれたぎっちぎちのスナックで何やってんの?
ふと、きっかけもなく腹旗春端はその疑問に気づいた。


見回せば、薄暗い店内、どこからか漏れてくる光を集め、反射させる、誘蛾灯のような服を着て、誘蛾灯のようなしぐさの女たち。むやみに客を持ち上げるようなことはしない。いい具合に話を聞き、いい感じのリアクションで、いい感じに酒を注ぐ。クール。つれないね。
そんな女といる。そして3cmほどの木屑のような人形、数千体の人形を目の前の得体のしれない機械に注ぎ込んでは、きゃっきゃとはしゃいでいるのだ。


「え?何これ?何してんの俺?」
「どうしたん腹旗さん。酔ったの?」


この女、確か手術ちゃんだな。そんな名前だ。破裂とか合法とか、へんな名前の女ばかりのスナックなのだここは。品書きのように、壁にぐるりと女の名前が並んでいる。不気味だ。親睦とか何とか言ってこの店に連れてきた負俣が、「あの名前見て、女の子指名するシステムだから」と言って、できる限り顔が整っていそうな名前を選んだのだが、手術ちゃんは割におとなしい顔立ちで俺好みで、助かったと思ったのだった。


「ちょ、手術ちゃん、何これ?何この、なんていうんだこの機械」
「あ、これ?エクスキューズオーガナイザー」
「何それ?意味は?」
「さあ、知らない。はい。うすめに作ったから」
「ああ」


お茶というより、何か漢方薬のようなにおいのするウーロンハイを受け取って、飲みながらこめかみに手を当てる。暑い。のどを通る冷たさに反応するように、汗が吹き出る。
まわりを伺うと、このテーブルには俺しかいない。それぞれのテーブルの足元にしか照明がなくて、いまいち様子が分からないが、負俣や後輩の星郎らしき人影も女をはべらして店内にある。
それぞれの前に、このエクスなんたらという機械があり、じゃらじゃらと上部にある穴に人形を注いでいる。それを黙って見て、ひとしきり話して笑ったりするのだが、またすぐ無言になって、機械に人形を注ぐ。
なんなんだこれは?いい大人が何をしとるのだ?怒りに震えつつ、俺はやたら苦いウーロンハイを飲み干すと、グラスをおく。
すばやく手術ちゃんが新しい酒を作ろうとする。


「ウーロン苦えよ。ハイボールにしてくれ」
「やだー。腹旗さん歯周病よ」
「なんで?」
「これ福建省のアレだから。歯周病の人には苦いのよ。気をつけなきゃ。歯茎が溶けちゃうから歯周病。私の友達、ほらさっき言ってた男運のない子。こう歯周病が奥まで進行して、なんか頬の肉まで溶けちゃったんだって。それで。ははっ。笑えなくなっちゃったのよ。表情筋?そういうのがどうかして。あはは」
「へえ」


恐ろしい話を笑いながらする。なんなのだこの店は。尻がもぞもぞして落ち着かない。まったく落ち着かない。
なんとなしに、人形を両手にかかえて、機械に入れてみる。
人形は機械の至る所に設置されたレールを通って、ばらばらのルートでまた機械に入っていき、最後に最下部のパチンコの出玉入れのような部分に溜まる。
それだけだ。何が面白いのかまったく分からない。
もう一度聞いてみようと手術ちゃんを見ると、ハイボールを渡してくる。

「はい、どうぞ。それでね、耳の奥まで溶けちゃって、でもそれでその人と結婚することになったんだって」

聞いていなかったが、さっきの話は続いていたらしい。


「なんじゃそれ。めでたしめでたしってことか」
「ははっ。やだちゃんと聞いてた?そんなん、ばかみたいってことよ」
「はあ?ま、いいや。それよか、これ何なんだよ」
「エクスキューズオーガナイザー?」
「そう。何で酒飲む店にこんなんがあんの?」
「さあ?あたしが二ヶ月前にこの店入った時にはあった。ママの方針だって」
「これ」俺はまた人形を手に取り、機械に注いでみせる。人形が散らばって機械を滑り落ち、また集まる。「何が楽しいの?」
「いやあたしもわかんないけど。あ、でもお客さんがこれやってる間は話さなくていいから楽」
「お前さあ、手術ちゃんさあ、さっきからちょっと俺なめてない?なれなれしすぎない?」
「えーそうかなあ。そこは、親しみやすい感じ、ってことでひとつ。どうにか。社長」
むかついていたが、ちょっとウケてしまう。
「それ居酒屋のトークだろ。こういうとこじゃだめだろ」
「えー、じゃあ腹旗さんは、よくこういうお店来るんですか?」
「うわっむかつく。じゃあ手術ちゃんは、なんでここで働いてんの?とか聞くぞ。嫌だろ」
「普通に、弟が二人いて、父さんが病気だから」
「そんな軽い普通。軽い不幸」
「いや別に。どうってことも」


とかなんとかじゃれあっていると、負俣が女の腰に手を回しながらこっちに来る。


「おう腹旗。どうよこの店?いいだろ」
「あ、はい。いいっすね。楽しくやらせてもらってます」
「いいっすねー」


適当に言う手術ちゃんを、負俣の連れてきた女が軽くにらんで、こっちを向くときは笑顔。かちっと写真のように静止。うわっ。こういう女苦手だわ。
その辺を見ずに、タバコなどをくわえて、負俣は座る。なんだかんだで、すばやく手術ちゃんがライターを差し出す。この辺はプロだ。嫌な感じの女も、ブランデーを作り出す。ここで飲む気か。おいおいやぁ負俣さんにはお世話になってますぅ、と俺は営業モードに切り替える。


「こいつ、この店のママ」
「どうも。遮断です。お客様、うちははじめて?」
「あ、はい。負俣さんとこと取引させてもらってる、腹旗です。いやぁ、負俣さん、今日はこんないい店連れてきてもらって」
「いいっていいって。こいつ俺のコレだから。大して金はかかんねえんだよ」


俺、あははと笑顔。底の抜けた青空のように。このくらいの愛想は営業には必要だ。
あはは。うふふ。笑い声。いやだ負俣さん。なあ今夜は。嫌だわそんな。人形をそそぐ音。じゃらじゃら。カルティエ。ジュエリー。まあ。うれしい。サービス。おへへ。天国へ。いやん。聞こえて。ぶぎぎ。
気が狂いそうだ。それでも俺も笑う。
目をそむけると、暗い目で笑う手術ちゃん。たぶん俺とよく似た顔。口の動きだけでしゃべる。


「あんた営業向いてないよ」
「お前もだ」


なんとか、狂わなくてすんだ。
突然店のドアが勢いよく開いた。あんな重いドアを、と思ったら蹴りあけたらしい。
背の高い、アフロの男がでかい包みを抱えて、店に飛び込んできた。
そして、俺たちの席にや向かってくる。

「遮断!」
負俣がしかめっ面で見つめる。
「なんだお前」
「ボ、ボビー…。何しにきたの?」
「国に帰る。約束を果たす時が来たんだ。遮断一緒に逃げよう!」
「革命を、起こすのね」
「ああ」
「行くわボビー。あたし、あなたについていく」


なんだこのロマンチック?


「おいちょっと待てよ遮断。行くんなら、2000万、返してもらおうか」
「何言ってるの負俣!あのお金は、くれるって…」
「負俣、お前遮断になんてことを!」
「何もしてねえよ!何もしてねえから、くやしいんだよ!2000万だぞ。2000万も貢いでやったのに、ウインクだけって、お前さんざんいい目見ておいてよぉ!で、お前らは逃避行か。愛の……なんだ…、旅立ちか。ふざけんな!やらせろ!一発でいいからやらせろ!んで、2000万返せ!どんだけ……」


長くなりそうなので、とりあえず、酒のビンで負俣を殴った。
あれ?思ったよりぐしゃぐしゃになんない。ビンも割れないし。まあ、白目向いてるからいいだろ。死んだら困る。
呆然とするボビーと遮断(本名なのか?)に、親指を立てて、


「行って来いボビー。自由の風吹かせてこい」
「あんた…」
「オー日本人、イツカ、ハデデリアニキテクダサイ」


なんで片言だ。んで、ハデデリアってどこだ。
しかし、んなこたどうでもいいのだ。
この騒動に、ホステスや客たちが、俺たちを遠巻きに囲んでいた。その輪から、星郎が抜け出てくる。


「先輩。やっちゃいましたね。いいんすか?」
「しらねえよ。っていうかさあ、気づいたんだけど、夢だろコレ。だってありえないもん。な、そうだろ」
「はあ」なんだその腑抜けた面は。まあいい。目が覚める前に聞いておきたいことがある。
「なあ、お前英語得意だろ。この、何だっけ手術ちゃん?」
「エクスキューズオーガナイザー?」
「そうそれ。どういう意味よ」
「えーと、直訳すると、言い訳を組織する、とかそんなとこすか。俺もよく分かんねっす」
「な。だから意味ないんだよ。夢だから」
ん?
「先輩酔ってます?ヤベエっすよ。しゃれにならねえっす」
「え、ああ。ほんとにヤバイと思うんなら、お前、もっとそういう顔して言えっつの」
「じゃあえっと、ヤバイですよ」


ささやき声で深刻な顔で言う。俺はたまらず笑う。手術ちゃんも笑う。
深い息の震えるような笑い。青空が崩れ落ちるような笑い。
客たちは、俺たちから目をそむけるように、機械に人形を注ぐ。
トランペットが階段のごとく一段ずつのぼって長く長く鳴り響く。誰かレコードをかけたのか。
ふうっと、夢の中で俺は意識が醒める。醒めている。
しかし、夢が終わらない。
そばやの出前がやってきて、ちゃぶだいが宙を舞い、エジソンが発明を思いつく。
ごきげんでファンクに黒人が歌いはじめる。
さまざまなことが起こりそうな中で、俺だけが、いや俺と星郎と手術ちゃんだけが醒めているようで、しかし、なぜかこの夢は覚めない。


覚めず、踊らず、また不思議と笑えてきて、ほんとなんだこれ?