ブリザードの夜 (sweet fantastic mix.)
世界中ブリザードで、校舎に残っているのは子供たちだけだった。
廊下は真っ暗だ。教室の廊下側には窓がなくて、ミルとアンジーのいる教室の開いた扉からだけ、光が漏れている。雪をのせた風の音だけが響く。マックスたちの気配はない。吹雪の中に二人きりみたいだな、とミルは思う。
ドアを閉じて振り返る。アンジーは真っ赤なほっぺたを、手袋をした手でおさえている。
「だめだ。マックスのやつ、どこにいるかわかんないよ」
しゃべる言葉が白い息になって、空気に散る。
「二人きりみたいね」
窓の外を見ながらアンジーが言う。こんなに暗い夜は、ミルは知らなかった。雪の白さが、夜の闇をいっそうはっきりとさせる。
首まわりのふわふわが凍って、冷たい感触がくすぐられるみたいで、ミルは体が熱くなっているのに気づく。
アンジーの横顔。雪が積もってきらきら光る金髪。
見とれないように、ミルは夜のほうを見る。
「マックスは大丈夫かな?」
「どうして?」
アンジーがこっちを向く。きょとんとした瞳。
ミルは笑いながら、
「ほら、あいつ無茶するから。びっくりさせようとして、ベランダから来たりして」
「あ、そうかも。それで凍っちゃってるかもしれないわ」
かちんこちんになったマックスを想像して、二人してはじけるように笑う。
笑って、笑いが小さくなって、もうブリザードも聞こえない。胸がどきどきする音。
ちょっと見つめあって、何を言ったらいいかわからなくて、照れくさくて、おかしくて、また笑う。
白い息が、ふわふわ踊る。
「寒いね」
「うん」
「静かで、吸い込まれそう。あたしじゃなくて、世界中が吸い込まれちゃって、もうここ以外の世界はなくなってるの。あたしのうちも、教会も、公園も、毎日帰りに行くマルシゲ屋も、みんななくなっちゃったみたい」
「あ、でもハルシー先生は消えないよ。テストの採点しながら、あらミルとマックスってばまた0点なの、って怒ってる」
「あーそうかも。ふふっ」
「へへっ」
アンジーの不安は消えただろうか。ミルの冗談で、世界は消えてなくて、つながっているって思えるだろうか。
明日は吹雪もやんで、また学校が始まって、ミルとマックスが先生に怒られて、みんなでマルシゲ屋に行って、アンジーはあんず飴を買うんだ。
でも、それでもミルだって不安で、この気持ちが消えるにはアンジーを抱きしめればいいのかもしれない。
そう思うけれど、ミルはアンジーのそばには寄れない。
こんな気持ちはミルだけの思いで、体が触れたとたんに、アンジーはぜんぜん別のことを思っていて、気持ちはつながらないってことがわかってしまいそうな気がして。
その不安をないものにしたくて、必死にいつもどおりに見えるように、ミルは言葉をさがす。
「プールも凍ってるのかな?」
「どうかしら?」
言葉は続かなくて、沈黙してしまう。
ミルは話せない。アンジーも話さない。
ビリ、ビリリ。
何かが破れる音が聞こえる。
そして、教室に雪が降ってくる。
天井を見上げると、マックスたちが屋上にいて、天井を手でちぎって穴をあけている。
「くらえーっ!」
マックスが、屋上に積もった雪を、穴から落とす。
ミルもアンジーも雪に埋もれてしまう。教室は雪だらけになって、雪が穴から降って、教室の中で吹き溜まって、くるくると踊る。
寒くて筋肉が動かないのか、変な顔で笑うマックスが叫ぶ。
「いちゃいちゃすんなー!」
雪を払い落としながら、ミルも叫ぶ。
「してねえよーまだー!」
アンジーがミルの方を見て、笑う。そして、ブリザードをつかんで、天井に向かって登り始める。
「マックスぅー!このやろー!」
揺れるブリザードからすべり落ちないように、ミルも一歩一歩登っていく。
屋上に出ると、マックスや他の友達は端のほうまで逃げている。
ミルは雪だまを作りながら、追いかける。
世界中ブリザードで、校舎に残っているのは子供たちだけだった。
すべてが闇に塗りつぶされて、地上には明かりひとつなくて、一瞬だけ、それを見つめて、アンジーも走り出した。